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<<   作成日時 : 2006/06/21 01:06   >>

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以前より注目していた裁判に展開があった。

事件の詳細については語りません。


勉強について、私が手を出していなかった分野で、今他の公務員試験などとの兼ね合いでよく勉強しているのが「法律」。


勉強すればするほど感じることだが、法律は等しく人を拘束し、また全ての法律を作ったのはいつの日かの人間であるということ。



被害者遺族の本村氏は言う。
「法律に18歳以上であれば死刑を執行することがありうると書いてあるから、それを要求している」と。

もし仮に法律が20歳以上から死刑もありだったならどうだったのだろう?と思ってしまう。

彼の言葉は実に耳に残る。
「女性を強姦して、殺害し、抵抗することすらできない小さな子供をうるさいからと殺した人間が死刑にならずに済むという判例を残したくなかった。自分と同じような人間を今後生み出さないためにも。」


もし加害者の友人に宛てた手紙が証拠として提出されなかったのなら、やはり無期懲役で終わっていたのだろうか?
犯した罪に何ら差異はないのに。


新婚の妻と子を亡くし、世界の全てが断碑と化した人間は何を感じ、何を思うのだろう。


感情的になった時の彼の言葉には違和感を感じることもある。
たとえば「妻と子の仇を…」というくだりなど。

一方冷静な時の言葉では他に「加害者は自らの死に直面して初めて、人の命を殺めたということを本当の意味で反省することができる」などが耳に残った。


加害者を死刑執行し、殺したとしても妻と子は還ってこない。
殺したからといって喜ぶだろうか。
殺してほしいと望んでいるだろうか?
あの優しい笑顔を見る限りそうは思えない。

だから死刑執行は被害者のためのものではないと思った。

憎しみから殺してほしいと思ってしまうのも仕方ないんだろうと思う。
殺されたから殺して殺したから殺されて、それで最後は本当に平和になるのかよ!?と言う人もいるが。

自らの手で仇をとっても、死刑執行に委ねても、失ったものを取り戻せない以上、そういう意味で得られるものはない。

でも、これからの世界で被害者を生まないだけではなく、加害者も生まないために死刑は執行されるのかもしれない。


何人たりともいかなる理由であっても命を奪われるべきではない、確かにそうだ。
といっても、社会で生きるって気持ちの良い事ばっかりじゃない。
だから私たちはそれから目を逸らさず、生きなきゃいけないんだろう。



ダークな日記でごめんちゃい。



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>彼の人しゃん
さすが北海道は新鮮な応援ですね((笑*
ありがとん♪

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やべぇw
ブルゥス・カイって名前案外有り得るwww
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