機動戦士ガンダムSEED DESTINY 第45話「変革の序曲」

今回のタイトルは「変革の序曲」
ルナマリアがレクイエム本体に侵入して破壊をしているその様子はまさに前作のジェネシス破壊を彷彿とさせる光景でした。
しかし、今回のそれはまだ「序曲」に過ぎないのだというわけですね。

OP一部変わってましたね。
ムウの兄貴好きとしては嬉しい限りです。

メイリンは頼むから髪下ろしててくれw

今回ついにジブリールが亡くなりましたね。
彼はコーディネイターのいない世界の平和を自ら創りあげようとしていました。
そしてデュランダルもまた新たな平和の形を模索する人であり、そしてキラやアスランも平和を望んで、自分たちが何をするべきか考えています。

今日のキラ達の言葉を借りれば平和=望むものでしょうか。

皆が望むもの=平和な世界=争いのない世界=戦争の起こらない世界、望むものは同じでも、その望むものにもそれぞれの人の拠って立つもの、あるいは世界の拠って立つものによって微妙な差異が生じ、また皆が平和を望んでいる事を本当の意味で知らず、皆の差を埋める手段を持たず、人々はその平和をめぐってすら戦います。
これがDESTINYで散々言われてきた「戦いをなくす(つまり自らの平和を勝ち取る)ために戦う」ことの是非を問うことへつながってきます。

そして人々が望むものは決して平和だけではなく、人々は様々なものを欲望します。
欲望は人々を争わせ、戦わせます。なぜなら人々の欲望は往々にしてぶつかり合うからです。
ではなぜ欲望するのか。
それは人間に「可能性」があり、そして「可能性」の集まりである世界には「不確実性」が存在しているからです。
欲望は「敵」を作り、戦いが一度起きればそこでは拠って立つもの(例えば組織、命令、国…)によって容易に敵が作られ、またそこで生み出される「力」は容易に敵を作り、「守るために」と「撃たれる前に」と戦わざるを得ない人々もまた現われ、争いは争いを呼び、欲望に依拠した正義をぶつけ合い、憎しみの連鎖は果てません。

また欲望も、人が死に、新たに生まれても絶えることなく生み出され続け、己の知る事しか知ることのできない(私流に言えば拠って立つものに拠らざるを得ない)人間にとってそれは人の業であるのかもしれません。
そして次こそは、明日こそはと終わらない明日を望み続ける人の業は人が滅ぶまで決してなくならないと考えたのがクルーゼでした。

クルーゼはそれが人という存在に内在する「運命」であり、それに従って人は滅ぶと考えていたわけですが、彼とも親交のあったデュランダルはそうではない世界、「運命」を遺伝子によって人間に割り振るという新たなる世界秩序を構築しようとしています。

それは人の「可能性」人の「心」、つまり人であることそのものを否定するものです。
例えば役割、能力などの形で与えられる人の「運命」、人は与えられた分だけ人生を全うし、それ以外の可能性を排除されます。そうすれば当然人は(過剰に)欲望せず、争いなど起きないだろうというのが彼の考えでしょうか。
カガリの言葉を借りれば、人の自由な心、自立心、自由な可能性の否定及び、遺伝子への従属、運ばれた命(運命)、宿された命(宿命)のようなDESTINY、FATEへの隷属となりますか。

もしかしたら正義をひたすら信じ、思考停止にすぐ陥ってしまう人間にとってはDESTINY PLANの方が心地よいのかもしれません。
確かに人は愚かです。
しかし誰かに定められた、何かに定められた「運命」と閉ざされてしまう事は人の否定であって、人の行動(運ばれた命ではなく命を運ぶ事)の結果が「運命」である、すなわち世界のために人は生きるのではなく、人が生きる場所、それが世界である、ということでしょう。

本日もだいぶ脱線しました。。。

レジェンドのドラグーンはプロヴィデンスからしっかり進化していて良かったです。
しっかしレイはルナに最後通告してましたね。なんとまぁw
ルナはシンが守るんだぞぉ!
無重力で抱き合って回るのって気持ちいいんですかね?
シンはちゃんとレイと対峙すると思いますが、ルナいびりが原因だったら爆笑w

ってかキラがレクイエムの第2射を防ぐ事を想定しているのが嫌ですね。

あと5話か…Dアストレイで楽しむとしますか…

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